2008年7月11日金曜日

CRYING....

お父さんの1周忌


7/10は和雄お父さんの1周忌です。
すでに日本時間は過ぎましたね。
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弟のヒデからの話では、お墓に同僚の方を含め近所の方などが足を運んでくださり、お花やお線香、ビールなどでにぎわっていたそうです。
法要・納骨はすでに6/7に済ませているのですが、やっぱりこの日を迎えることはとても大きい事だと感じます。
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思えば、この1年間で本当にいろんな事がありました。
それらを振り返るとやっぱり時間は流れているんだと生きている事を実感します。
父親の人生は立派でした。
けれど、もう何か新しく変化する事はありません。
それが、この世を去って天国で休んでいるって事ー。
自分自身と周りの変化を思うと改めて父親との別れを実感しました。
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もちろん、すごく悲しいです。
やっぱりもっと長生きしてほしかった。
娘として親孝行もしてあげたかった。
もっとx2話したい事もあった。
そんな気持ちはきっといつまでたっても消えません。
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ただ、気づいたこと。
今、私にはかけがえのない家族・友達の存在があります。
新しくこの世に誕生したSARAを始め、たくさんの愛情をもって大切にしていきたい。
そして、確実に流れる時間の中で、自分らしく、確実に実りのある人生運びをしたい。
それが、今からでもできる親孝行であるのではないかと思うのです。
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きっと、お父さんも天国から見守ってくれてる。
SARAの誕生を心から喜んでくれてる。
いつまでもそんな父親の存在を近くに感じながら、これからも元気に過ごしていきたいです。

2008年7月9日水曜日

2週間後の検診


昨日、Saraの検診に行ってきました。

実は、はじめの日記には書きましたが少し黄疸が出ていてしばらく治療をしていたSara

治療と行っても、専用のライトを背中に2日間当てるだけですが、血液中の数値が下がるまで心配でなりませんでした。

合計で3回の血液検査の後、正常数値になり体の色もすっかり白くなったからよかったけどねー。

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その後の経過も含め、今回の検診では緊張の体重チェックも。

これまた実は、前回生後3日目の検診で体重が6ポンド14オンスまで減っている事が発覚しており、Danをはじめみんながナーバスでした。

が、しかし。。。。Saraさん、見事に体重増えてます。

8ポンド1オンス!!

GREAT★

母乳もしっかり飲んでくれてるし、おしっこ&うんちも相変わらず順調。

私はまだだけれど、Danとお母さんはオムツを変えてる最中におしっこ&うんちをされること多数。。。(笑)

慎重もたった1週間少しで1インチも伸びました。(21インチなり)

親心としては、このまま小さいままがいいかも、、、と思ってしまうけれど、それでもわが子が健康に育ってくれてると知る事はとてもうれしいです。

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また、たくさん写真を撮ったのでUPします。

ちなみに、アメリカの独立記念日だったJUL 4thは我が家にザック一家を呼びスペアリブやらをほおばりました。

近所であげられてる花火もバックヤードからちらほら見えてよかったし、何より今年のJUL 4thはDanとSaraとそれから玲子お母さんと過ごせてSPECIALでした!

来年は花火を見に行けるかな。。。

2008年7月3日木曜日

出産STORY②~SARA誕生~

分娩室に入ると、少し気分が落ち着いてきました。
ここで、緊急の場合に行われる帝王切開以外、普通分娩と普通の帝王切開はすべて行われるのでもう移動しなくていいしね。
分娩室では担当のナースが変わり、子宮口の開き具合をチェック
まだ2センチ大だと言うことなので陣痛促進剤を投与する事にしました。
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それまでは前陣痛と呼ばれるだけあって、意外と耐えられる痛さ。
けれど、促進剤が入るなりあっという間に本陣痛がSTART
世の中のお母さん。。陣痛って痛いんですね(涙)
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クラスで習った呼吸法(ラマーズ等)を試みるも、痛くて呼吸は乱れっぱなし。
何が辛いって痛い時に踏ん張るなと言われる。。。
いやね、耐えようと力を入れるといつまでたっても子宮口が開かないんだって。
分かっていてもどうしても力が入り、DANの手を握る力も強くなる。
ベッドの手すり?にしがみついてしまう。
この痛みは表現しがたいけれど、本当に陣痛が始まるサインでお腹がキューって縮まる感じがしてそれからは一気にあの痛みが始まる。
約1分間続くこの戦いが本当に苦しかったです。
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午後3時半頃、ナースが
『そろそろ麻酔を打ちましょうか?子宮口は約3~4センチ開いてるわ。見てると陣痛が来る度に力んでしまってるからここで麻酔を打って子宮口の開きを促進させましょう。でも、最終的に打つタイミングを決めるのは貴方よ。どうする?』
え。。。。?
麻酔ってドクターがそろそろとタイミングを見計らって打ってくれるんじゃないんだぁ。
自分で決めるのね。
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これが、意外と迷いました。
まだ子宮口が半分も開いていないのに麻酔投与?
私って痛みに耐えられない弱い妊婦かしら?
もう少し麻酔なしで耐えてみようかな。。。?
でもね、痛い
痛いんです。
ナースが部屋を去ったとたんに大きな陣痛がきて、もう決めました。
『DAN、ナースを呼んで!麻酔をしてもらってー!!』
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それから、麻酔担当医が来るのにそんなに時間はかかりませんでした。
3回の消毒の後、何度かに分けて針が背中から入ります。
その最中も陣痛は来るので、それと戦うのに必死でほとんど何も感じずに無事麻酔は投与されました。
そして、DANはそんな様子を私の手を握り励ましの言葉をかけてくれながら見守ってくれました。
彼のやさしさが本当に嬉しかったです。
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麻酔が入ると、今まで痛くて涙も流していたのが嘘のよう。
ちょうどおへその少し上の辺りから下半身は全部麻痺しました。
特に右足が本当に麻痺していておかしな感じ。
つま先は動かせるけれど、それ以外はなんとも感覚がないのです。
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麻酔が入り、少し仮眠が取れたところで夕方過ぎにDANの両親がサンディエゴから到着。
皆、SARAの誕生をいまかいまかと待つ事になりました。
しばらくすると、麻酔が入っているはずなのに陣痛を感じ始める。
少しずつ痛みは悪化しいき、しだいに背中に激痛が。。。
これが、本当に痛い。
陣痛とも重なってもうどうしていいか分からない。
DANが必死に呼吸法を誘ってくれるけれど、もう聞いてられない。
『背中が痛い!マッサージして。そこじゃない、もっと上。違うよ、分かってないなぁ。呼吸なんてしてられないよー!!』
もう投げやりの言葉しか彼にかけれなくて、今考えると本当に申し訳なかったなぁ。。と思います(泣)
しばらくしてドクターが状態をチェック。
破水をする事になりました。
痛くはないけれど、パーンって何かがはじけた感じはしました。
これであとはPUSHのタイミングを待つのみ。
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破水から約1時間後、ナースが子宮口をチェックした所、すでに8センチ大
もう赤ちゃんの位置も下がってきているということでいよいよPUSHに入る事になりました。(この時点でおそらく19時くらいだったと思う)
DANの両親とお母さんはロビーで待ってもらい、ここからはDANと協力して2人で乗り切る番です。
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陣痛が始まったと思ったら、大きく息をすって10秒間PUSHしてくださいと指示があり、いよいよPUSH開始
DANは一緒に呼吸をしてくれて、10秒のカウントダウンをしてくれる。
片足も持ってくれて、毎回PUSHが終わると『GOOD JOB』と励ましてくれる。
痛いけど、赤ちゃんにもうすぐ会える喜び、それから、なによりDANの存在が嬉しくてたまらなかったのを覚えています。
ちょうど30分くらいPUSHをした所でドクターが到着。
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『頭が見えるよー。もっと頑張ってPUSHしよう。SAORIならできる!』
2人のナースとドクター、愛する夫に支えられながらラストスパート
ふとDANを見ると、なんとなく目にうっすら涙が。
いよいよ赤ちゃんが出る。。。
よし、もっとPUSHしなきゃ!
う~ん。。。。
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6/24 午後8時20分 SARA誕生☆★
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SARAは首にへその緒が絡まって出てきた為、ドクターが即座にCUT
その後はナースが水を吸ってくれて、数分後にようやく元気な泣き声をあげてくました。
DANは残りのへその緒を切り、赤ちゃんの誕生に感激している様子。
私はというと脱力感と痛さでもうヘトヘト
ドクターが傷口を縫ってくれてる間も意識が朦朧としていました。
でも、PUSHした時間は45分くらい。
長すぎず、短すぎずでちょうどいいかな。
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しばらくして、測定を終えたSARAがいよいよ私の胸に置かれました。
感動して涙が止まらない。ふとDANを見ると彼も号泣しています。
『僕の赤ちゃんを産んでくれて有難う。I LOVE YOU』
SARAに逢えた。
10ヶ月待ちわびたこの瞬間。。。本当に幸せでなりませんでした。
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出産を終えて感じた事ー。
やっぱり両親のありがたさですね。
こんな思いをして私を産んでくれた母親と、誕生を待ちわびながら母親の妊娠生活を支えてくれたであろう父親。
そして、愛情を沢山注ぎ、私を育ててくれた事。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
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DANも私も新米ですが、SARAの為に一生懸命頑張ります★
どうか健康で元気一杯に育ってくれますように。。
SARA、産まれてきてくれて有難う!!

2008年7月2日水曜日